代 表

宮崎 踊子(陽子) Yoko Miyazaki プロフィール

・上尾中央看護専門学校講師 ・筑波学園看護専門学校講師
・英国IFA認定アロマセラピスト ・植物療法士 ・医療接遇アドバイザー
・NPO法人日本アーユルヴェーダ協会顧問 ・日本ヘッドケア研究所所員
・一般社団法人国際ホリスティック・ヘッドケア協会代表理事
・著書『チャンピサージ入門』朝日新聞出版社

東京都中央区生まれ、埼玉育ち。子供の頃、読んだ本や母の実家がフランス料理屋だった事から、西洋の食の文化に影響を受けて育つ。子供の頃に「足長おじさん」を読んで以来、施設など、しんどい思いをする人のケアをしたいと思うようになる。その頃は、施設等でお菓子を作りボランティアしたいと思うようになる。学生の頃から自然保護のボランティアを行う。

次第にハーブ(芳香植物)の活用法を学ぶようになり、ハーブを育てて活用する生活を送る。香りが感情に変化を与える事に興味を持つ。IFA(国際アロマセラピスト連盟)の設立メンバーで元会長のジャーメイン・リッチ女史にアロマセラピーを学ぶ。英国IFAに所属し、都内の病院、ホテル内スポーツクラブ、鍼灸治療院付属サロン、埼玉県内の産婦人科クリニック等にてセラピーを行った後、1997年に「アロマティックルポ」を設立。

2002年に、都内の総合病院でアロマセラピストとして医師のもとで活動を行っていた際、ある患者さんにパジャマから出ている「首から上の緊張緩和をもっとしてあげたい」と思い、きちんと頭部のケアを学ぶことを決意。

当時はまだ日本でしっかりと学べるところが無かったため、ヘッドマッサージの第一人者、ナレンドラ氏に学ぶため、渡英。L.C.I.C.I. より“Best Student”を与えられる。

まだ日本で勉強出来なかった本格的なヘッドマッサージを学びにロンドンの老舗スクールL.C.I.C.I.で創始者Narendra Mehta氏に従事する。ナレンドラ氏夫妻とのご縁から、L.C.I.C.I.の日本支部として活動。医療機関の方々とも研究発表している。

ヘッドマッサージを導入される企業や病院、セラピストの方々と共に、L.C.I.C.I. のインドのセラピーを日本に正しく普及する活動を行っている。

顧 問 プロフィール

上馬塲 和夫 Kazuo Uebaba ,M.D.&Ph.D.

・医師、医学博士 ・帝京平成大学ヒューマンケア学部教授
・NPO法人日本アーユルヴェーダ協会理事長
・日本アーユルヴェーダ学会理事長
・一般財団法人 東方医療振興財団 理事長
・日本東方医学会 会長
・一般社団法人国際ホリスティック・ヘッドケア協会 理事
・著書『補完・代替療医療アーユルヴェーダとヨーガ』金芳社 その他

 

 

London Centre of Indian Champissage international

London Centre of Indian Champissage international(L.C.I.C.I.)は、インド人の全盲の治療師Narendra Mehta氏より、英国ロンドンに設立された、インディアンヘッドマッサージ「チャンピサージ」の最高の教育をするセンターです。世界基準のヘッドケアを普及する、パイオニアとして知られております。L.C.I.C.I.JAPANは、医療機関・介護施設・医療専門学校・ホテル・サロン・スポーツクラブなどで1997年からセラピストとして活動していた宮崎踊子(陽子)にナレンドラ・メータ氏自ら、数年間に渡りヘッドケア等の指導法を伝授し、宮崎踊子(陽子)を日本の指導者(tutor)として2002年から発足させたセンターです。L.C.I.C.I.JAPANでは、統合医療医の上馬塲和夫医師の指導のもと、ヘッドケアを中心としたケアの安全性と有用性を検証し、積極的に学会発表を行っております。

L.C.I.C.I.®創始者 Narendra Mehta®氏について

1歳から全盲のナレンドラ・メータ氏は、インドで古くから伝わるヘッドマッサージを体系づけ、インディアンヘッドマッサージ「チャンピサージ」と名付けて世界へ広めた第一人者です。
ナレンドラ・メータ氏は、ボンベイ大学政治学部を卒業後、治療師としてインド国内の病院にて仕事をした後、セラピーを学ぶために1973年に英国ロンドンへ渡りました。

彼は小さい頃から「触る」という感覚に秀でており、インドのあらゆるヘッドマッサージを研究し、1978年に「チャンピサージChampissage」を体系付け、当時は頭のマッサージがほとんど見られなかった英国へ伝えました。
1987年から、チャンピサージ(ヘッドマッサージ)の指導を始めた Narendra氏は、1995年にL.C.I.C.I.(London Centre of Indian Champissage International)を創立するに至りました。彼は、世界の数カ国にL.C.I.C.I.の指導者(tutors)を定めています。
ナレンドラ・メータ氏は、1999年に書籍『インディアン ヘッドマッサージ』を出版しており、

今では9カ国以上の言語に訳され、世界の店頭に並んでいます。

ナレンドラ氏は盲目の人たちの利益になるような社会活動に力を注ぎ、

これまで英国においてABA(The Association of Blind Asians)などの協会を設立しました。

また、彼はアプナガール協会という、アジア人障害者の為に住宅を供給する協会の創立にも

大きな役割を担っています。
ナレンドラ氏は、2009年3月にナレンドラ氏が全盲の方々の多大なる支援をしてきていることから

英国王室よりMBE(Member of British Empire)の勲章(大英帝国勲章)を受章しました。

 

チャンピサージ®という言葉について

こうして色々な国のセラピストに「インディアンヘッドマッサージ」を指導するうちに、マッサージが医療用語である国の生徒から相談を受け、ヒンディー語で「ヘッドマッサージ」を意味する「チャンピ」から、ナレンドラ氏が「チャンピサージ」とういう言葉を作り上げたのです。現在、ヨーロッパやアメリカでは、“Indian Champissage”として広く受け入れられています。

ナレンドラ氏は、2009年3月にナレンドラ氏が全盲の方々の多大なる支援をしてきていることから

英国王室よりMBE(Member of British Empire)の勲章(大英帝国勲章)を受章しました。

「チャンピサージ」は、LCICIJAPANにより登録商標をされています。

L.C.I.C.I. JAPAN代表 宮崎踊子(陽子)より

私はアロマセラピストとして、病院やクリニック、ホテル、エステなど様々な場所で全身のトリートメントを日々行っていました。

ある時、都内の病院で、医師のもと患者さんへアロマセラピートリートメントをしていた時のこと。

毎日いびきをかきながら眠っている、脳梗塞後の患者さんに付き添うご家族から、「だんだん顔が麻痺してきている様子だから、顔の辺りをもっとトリートメントしてもらえませんか。」と要望をもらいました。

アロマテラピーやスウェディッシュマッサージ、英国式リフレクソロジーなど様々なセラピーを学んでいましたが、首から上をケアする手技はあまり多くありませんでした。

同じトリートメントをしていても、ホテルで行うのと病院で行うのとでは、対象となる方が変わり、触わることが出来る部位も異なっていました。

ホテルでは、リラクゼーションや美容などを目的にいらっしゃる方が多いのですが、病院では、とても苦しく辛い状態の方に喜んでもらうことも多く、もっとどうすることが出来るのか、考える時期がありました。

今の手技に足りないのは、頭部だ。と感じるようになりました。

そうしていた2002年に、英国で活躍していたセラピストの方に相談したところ、ヘッドマッサージをインドから欧米に普及させたインド人、ナレンドラ・メータ氏の存在を教えてくれました。

まだ日本ではナレンドラの関連サイトは無かったので、英国のサイトで調べ、チャンピサージを学びに行きました。

ナレンドラ氏の学校(L.C.I.C.I.)は、ヒースロー空港から地下鉄のピカデリーラインで一本。駅からも徒歩5分とかからない便利な場所にありました。

 

授業には色々な国の方が参加しており、

休憩時間には瞑想をしている人など、様々でした。

病院でセラピーを行っているときに、ヘッドマッサージの必要性を感じて、日本に無かったからロンドンで学んだ、という経緯ですので、今のように、ナレンドラ氏の学校の日本支部を自分が運営し、自分が指導者になるとは夢にも思っていなかったのです。

ただ、きっとナレンドラ氏との縁があったのだと今では強く思っています。

ナレンドラ氏を初めて日本へ招いたのは2003年でした。

最初は、日本中からセラピーサロンやセラピースクールを運営している方々が学びにいらしてくれました。

初回は、ロンドンでの授業と同じく、ランチはベジタリアンフードを皆で食べることを試みました。

(2回目からは自由にランチをとることにしましたが)


驚いたことには、ある時期、日本ではある方が「インディアンヘッドマッサージ」を商標登録していたことです。

それをセラピスト仲間から知らされましたが、私自身よりも、当時は外部の方々から「何とか商標登録を取り消してもらってくれ」との声が、ナレンドラ氏の日本の窓口となった私に集まるようになったのです。

ナレンドラ氏はそれを知り、かなり驚き、「インディアンヘッドマッサージは、自分のBABY(ベイビー)のような存在。世界中どこをみても、こんなことが起きたのは日本だけだ。」と話していました。

そうして、それを撤回するために、自分がこれまでどのようにインディアンヘッドマッサージを作り上げ、世界へ広げてきたのか、資料をまとめ、私が窓口として特許庁へ提出しました。


特許庁から提出された書類には、

“「インディアンヘッドマッサージ」はナレンドラ・メータ氏によって作られ、欧米に普及され、日本へも伝えられた。”

と明記されており、その当時商標登録されていたものを取り消すことができました。

その際、ナレンドラ氏と決めたことは、この言葉を日本でもフリーにすること。

もしアロマテラピーやリフレクソロジーが、個人の商標登録になっていたら、これまで普及されなかったのと同じように、ヘッドマッサージが日本でも広く普及するように、との考えでした。

今では日本でも、インディアンヘッドマッサージはかなり知られるようになってきたような気がします。
ナレンドラ氏の横に付き添って、幾度ものトレーニングコースを開催し、その指導方法を彼からしっかり学んだ後、私は日本の窓口として、日本支部を開くことになりました。

そして7年が過ぎ、少し落ち着いたところで、初心に戻り、この度ナレンドラ氏と共に、病院や施設など、寝た状態の方の為のヘッドマッサージコースを完成することができました。

ナレンドラが数十年に渡り培ってきたヘッドマッサージのノウハウと、私の「寝たきりの方に」という思いから産まれた、このベッド上のチャンピサージ。

その後日本では、この技術から「臨床に活かすためのヘッドケア」として、顧問で医師の帝京平成大学教授の上馬塲和夫先生、某医療大学の先生方と研究をさせて頂き学会発表をするにまで至りました。

これからもっともっと多くの方に、ヘッドマッサージを通じて「触れることの素晴らしさ」を伝えてゆきたいと願っております。